BAN大阪立ち上げのきっかけ
”BAN大阪” コーディネーターの りるびっと と申します。
りるびっとは、”A little bit” です、”ほんの少し”です。
ほんの少しでもいいから、回復したい!という気持ちで、4年前に参加して"BAN東京"のミーティングの後つけました。
40代の女性です。
もちろん、私も裏切られています!
…と、言えるほど、回復しました。
2010年の初めに夫の不倫が発覚しました。
様子の変だった夫の携帯電話を覗き見て、発覚しました。
携帯電話、みてはいけないといいますが、やっぱりそうなんですね。
それからすぐ「別れたい」「別れたい」「別れたい」の連打攻撃、義両親の訪問とともに別居に追い込まれました。
結婚十年目、どんなお祝いしようかな、の矢先でした。
発覚してから、地獄のような日々が始まりました。
義両親の責めや、
優しくて、大好きだった、仲の良かった夫からの「彼女の方が好き」「女としてもう見れない」「お前も悪い」の言葉、
…
目の前まっくら、お先真っ暗です。
いままで築いてきた友人関係、家族関係、仕事関係、将来の展望…すべて壊れました。
子どもはおりませんでした。
夫も、私も、子供がほしかったのです。
子供のことは常に二人の中にありました。
夫が、「もう少し先にしないか…」と言い出して、年齢的に2年以内に考えないと無理だよ、と、夫に真剣に詰め寄っていたときでもありました。
夫が出て行ってしまって、別居せざるをえなかった時、子供もあきらめざるをえなかったです。
結局、3年の別居を経て、離婚いたしました。
BANのミーティングに参加したのは、別居してからすぐです。
発覚4か月目くらいの時でしょうか。
毎日毎日、「不倫」という言葉を検索しては、ブログやネットの記事を読み漁り、
ネット上で有名な夫婦カウンセラーに相談したり心療内科にいったり、いいという本を読んだり…
どれもぴったりきませんでした。
「魅力的な妻になって、待ってれば帰ってくる」
というページは多かったと思います。
そんなとき、BAN東京のホームページを見つけ参加するに至りました。
「怒りを捨てる」
「回復には3年かかる」
「回復を信じる」
「いつかは憎しみを手放す(ことを目標にする)」
「自分を愛する・許す」
そんな言葉に出会いました。
当時は、そんなことできもしないと思っていましたし、どうしたらいいか分からず、夫を責め続けて、やけになっていました。
友人たちも離れていっていました。(自暴自棄がすごかったです!)
参加したBANミーティングは、勉強会のような感じで、同じ痛みをもつ方々の存在には救われましたが、
匿名でのやりとりですから、それきりで…個人的なやりとりもしませんでしたから、……
あふれんばかりの怒りを抱えきれず、もの足りなさを覚えました。
「アドバイスがほしい」
「誰かこの状況を助けてほしい」
とばかり願って、なにも行動の起こせないし、変えられない自分が悔しくて…
(夫は私の存在を無視していましたので)悔しくて悔しくてたまりませんでした。
「まず、傷ついたのだから、心の傷をいやしましょう」
「怒りを捨てる努力をしましょう」
.............................................................
2年経った頃、やっと回復してきた自分に気づきました。
まっくろいどす黒い憎しみは、ほとんど消えました。
世界が、美しく見え始めました。
それだけ、自然の美しさ、優しさ、素晴らしさを忘れきってしまったんです。
荒れ野原に、青空が見え、小さな芽が、やっと生えたんだ…と感じました。
元夫も、裏切っておきながら(笑)、たくさん傷ついていました。
元夫は、私に対する罪悪感がひどく、浮気相手にも振られ、幸せになることさえ許されない人間だ…という感じになってました。
(うーん。悲劇のヒーローみたい?)
元夫の罪を一緒に背負うことはできない。私は彼ではない。
私は、私の人生をいく…と思えるようになりました。
「不倫」というのは、関係者すべての心に傷を残します。
発覚当時の裏切られた配偶者(英語のbetrayed spouseから、BANではBPと呼んでいます。)は、
パニックになって、相手に暴言を吐いてしまったり、
時には相手を深く傷つけます。
あまりにショックで、心にとどめておきすぎるか、心にどどめておけない状況になります。
私は、誰もかれもに悲しみを訴え、友人たちには煙たがられ、離れていきました。
彼らのアドバイスにも耳をかさず、「別れたくない!」とばかり言ってましたから…
発覚直後は、あまりにもショックが大きく、友人の一生懸命なアドバイスにも大きく傷つきます。
「君も悪かったんじゃないの?」
「そんな奴最低だ!別れてしまえ」
「女としての魅力を保つ努力してた?」
…こんなことを言われますので、反発してしまうし、傷ついた上にものすごく傷つきます!
悲しみは悲しみを生み、孤独を強めました。
BANのミーティングで、
ただただ話を聞いてくれること、
共感してくれること…
アドバイスではなく、共感がほしかったんだと気づきました。
ただ、聞いてもらいたっただけ…
そして、少し傷つきが回復すると、
反省ができるようになります。
友人からのアドバイスも、聞こえるようになりました。
もちろん夫婦関係で起きたことです!!!
裏切った配偶者(APとよびます。英語で…あ、しまった忘れてしまった Affair spouseでいいのかしら)だけが悪いわけではありません。
こころを穏やかに、
考え、誠実に行動する、ということがいかに大事か、学びました。
BANミーティングで、
不倫されたことが「人生で最良の出来事」と変わる、「最悪の出来事で、最高の学びを手に入れる」チャンス
という言葉に出会いました。
目からうろこでした。
かなりハードルの高い言葉です!
が、これ、
BANのディレクターのANNEの出版した本のタイトル、 “My Husband’s Affair Became the Best Thing That Ever Happened to Me.”
”わたしの夫の不倫は人生で起きた一番の出来事になった” からです。
「私も夫の不倫で最高に学びました!最高の出来事です!」
、、、、、、、
とは、いまだに、言えませんが!
ポジティブな気持ちで、「不倫問題」を乗り越えたな、と思えるようになった。
子供のころからの「どうして私ばっかりこんな目にあうの?」と思う、人をねたむ思考癖がなくなりました。
今は、人生が楽しいといえます。
、、、、
一応!
特に、配偶者の不倫が発覚したばかりのかたや、長年配偶者の不倫に悩まされている方、
「一度された浮気が、何年経っても許せない」
と思い悩んでいる方、
ミーティングにぜひご参加ください。
東京でも、私の仲間がBAN東京でミーティングを定期的に開催しています。
ご一報いただければ、ご案内いたします。
まだ、大阪で始めたばかりですので、少人数での開催になるかと思いますが、
どうぞ、
お問い合わせフォームよりご連絡ください。
こんな私の経験でも お役に立てばと思います。
りるびっと 2014.12.25
(最初に書いたブログをまとめ、大阪BANについてというページにまとめました。)
りるびっとは、”A little bit” です、”ほんの少し”です。
ほんの少しでもいいから、回復したい!という気持ちで、4年前に参加して"BAN東京"のミーティングの後つけました。
40代の女性です。
もちろん、私も裏切られています!
…と、言えるほど、回復しました。
2010年の初めに夫の不倫が発覚しました。
様子の変だった夫の携帯電話を覗き見て、発覚しました。
携帯電話、みてはいけないといいますが、やっぱりそうなんですね。
それからすぐ「別れたい」「別れたい」「別れたい」の連打攻撃、義両親の訪問とともに別居に追い込まれました。
結婚十年目、どんなお祝いしようかな、の矢先でした。
発覚してから、地獄のような日々が始まりました。
義両親の責めや、
優しくて、大好きだった、仲の良かった夫からの「彼女の方が好き」「女としてもう見れない」「お前も悪い」の言葉、
…
目の前まっくら、お先真っ暗です。
いままで築いてきた友人関係、家族関係、仕事関係、将来の展望…すべて壊れました。
子どもはおりませんでした。
夫も、私も、子供がほしかったのです。
子供のことは常に二人の中にありました。
夫が、「もう少し先にしないか…」と言い出して、年齢的に2年以内に考えないと無理だよ、と、夫に真剣に詰め寄っていたときでもありました。
夫が出て行ってしまって、別居せざるをえなかった時、子供もあきらめざるをえなかったです。
結局、3年の別居を経て、離婚いたしました。
BANのミーティングに参加したのは、別居してからすぐです。
発覚4か月目くらいの時でしょうか。
毎日毎日、「不倫」という言葉を検索しては、ブログやネットの記事を読み漁り、
ネット上で有名な夫婦カウンセラーに相談したり心療内科にいったり、いいという本を読んだり…
どれもぴったりきませんでした。
「魅力的な妻になって、待ってれば帰ってくる」
というページは多かったと思います。
そんなとき、BAN東京のホームページを見つけ参加するに至りました。
「怒りを捨てる」
「回復には3年かかる」
「回復を信じる」
「いつかは憎しみを手放す(ことを目標にする)」
「自分を愛する・許す」
そんな言葉に出会いました。
当時は、そんなことできもしないと思っていましたし、どうしたらいいか分からず、夫を責め続けて、やけになっていました。
友人たちも離れていっていました。(自暴自棄がすごかったです!)
参加したBANミーティングは、勉強会のような感じで、同じ痛みをもつ方々の存在には救われましたが、
匿名でのやりとりですから、それきりで…個人的なやりとりもしませんでしたから、……
あふれんばかりの怒りを抱えきれず、もの足りなさを覚えました。
「アドバイスがほしい」
「誰かこの状況を助けてほしい」
とばかり願って、なにも行動の起こせないし、変えられない自分が悔しくて…
(夫は私の存在を無視していましたので)悔しくて悔しくてたまりませんでした。
「まず、傷ついたのだから、心の傷をいやしましょう」
「怒りを捨てる努力をしましょう」
.............................................................
2年経った頃、やっと回復してきた自分に気づきました。
まっくろいどす黒い憎しみは、ほとんど消えました。
世界が、美しく見え始めました。
それだけ、自然の美しさ、優しさ、素晴らしさを忘れきってしまったんです。
荒れ野原に、青空が見え、小さな芽が、やっと生えたんだ…と感じました。
元夫も、裏切っておきながら(笑)、たくさん傷ついていました。
元夫は、私に対する罪悪感がひどく、浮気相手にも振られ、幸せになることさえ許されない人間だ…という感じになってました。
(うーん。悲劇のヒーローみたい?)
元夫の罪を一緒に背負うことはできない。私は彼ではない。
私は、私の人生をいく…と思えるようになりました。
「不倫」というのは、関係者すべての心に傷を残します。
発覚当時の裏切られた配偶者(英語のbetrayed spouseから、BANではBPと呼んでいます。)は、
パニックになって、相手に暴言を吐いてしまったり、
時には相手を深く傷つけます。
あまりにショックで、心にとどめておきすぎるか、心にどどめておけない状況になります。
私は、誰もかれもに悲しみを訴え、友人たちには煙たがられ、離れていきました。
彼らのアドバイスにも耳をかさず、「別れたくない!」とばかり言ってましたから…
発覚直後は、あまりにもショックが大きく、友人の一生懸命なアドバイスにも大きく傷つきます。
「君も悪かったんじゃないの?」
「そんな奴最低だ!別れてしまえ」
「女としての魅力を保つ努力してた?」
…こんなことを言われますので、反発してしまうし、傷ついた上にものすごく傷つきます!
悲しみは悲しみを生み、孤独を強めました。
BANのミーティングで、
ただただ話を聞いてくれること、
共感してくれること…
アドバイスではなく、共感がほしかったんだと気づきました。
ただ、聞いてもらいたっただけ…
そして、少し傷つきが回復すると、
反省ができるようになります。
友人からのアドバイスも、聞こえるようになりました。
もちろん夫婦関係で起きたことです!!!
裏切った配偶者(APとよびます。英語で…あ、しまった忘れてしまった Affair spouseでいいのかしら)だけが悪いわけではありません。
こころを穏やかに、
考え、誠実に行動する、ということがいかに大事か、学びました。
BANミーティングで、
不倫されたことが「人生で最良の出来事」と変わる、「最悪の出来事で、最高の学びを手に入れる」チャンス
という言葉に出会いました。
目からうろこでした。
かなりハードルの高い言葉です!
が、これ、
BANのディレクターのANNEの出版した本のタイトル、 “My Husband’s Affair Became the Best Thing That Ever Happened to Me.”
”わたしの夫の不倫は人生で起きた一番の出来事になった” からです。
「私も夫の不倫で最高に学びました!最高の出来事です!」
、、、、、、、
とは、いまだに、言えませんが!
ポジティブな気持ちで、「不倫問題」を乗り越えたな、と思えるようになった。
子供のころからの「どうして私ばっかりこんな目にあうの?」と思う、人をねたむ思考癖がなくなりました。
今は、人生が楽しいといえます。
、、、、
一応!
特に、配偶者の不倫が発覚したばかりのかたや、長年配偶者の不倫に悩まされている方、
「一度された浮気が、何年経っても許せない」
と思い悩んでいる方、
ミーティングにぜひご参加ください。
東京でも、私の仲間がBAN東京でミーティングを定期的に開催しています。
ご一報いただければ、ご案内いたします。
まだ、大阪で始めたばかりですので、少人数での開催になるかと思いますが、
どうぞ、
お問い合わせフォームよりご連絡ください。
こんな私の経験でも お役に立てばと思います。
りるびっと 2014.12.25
(最初に書いたブログをまとめ、大阪BANについてというページにまとめました。)